「ムカデ人間」 創造主との対話

色々と縁があって映画「ムカデ人間」を見てきた。


公式
http://mukade-ningen.com/


要は、マッドサイエンティストが人間の口と肛門をくっつけてムカデ人間を作る、という話。
公式のイラストを見れば一発で分かる。分かりやすい。


この概要だけを見た時点では、ムカデ人間という設定はいいとして、どう映画としてまとめるのか、と思ったのだが、コメディに転んでもシリアスに転んでも、いずれにせよ突き抜けた作品になるのではないか、と思い突撃してきた次第。


結果としては、シリアス方面の話で、映画として、話として、よく組み上げられた作品だなぁ、という感想。

以下、ネタバレ込みで感想。(本当にネタバレです…)




あらすじ

乱暴にまとめると、マッドサイエンティストのヨーゼフ・ハイター博士が、適当に被験者さらってきてムカデ人間を作ったものの、ポリに嗅ぎ付けられて、すったもんだした挙げ句、ムカデの2/3死亡、博士死亡、ポリ死亡、という話である。


…本当にあらすじを切り出すとこうなってしまうのだが、もちろん合間に小さいが重要な出来事は起きてくるし、設定やら映像やらでちゃんと一つのテーマに結晶するような語りが行われている、と感じられるものだった。


話の構造としては、前半と後半に分けていいだろう。


 前半 : 閉鎖空間の中で、実験者と被験者、加害者と被害者、上位者と下位者の関係が作られる。
 後半 : 外からの力が閉鎖空間に影響を及ぼし、実験者と被験者の関係の本質が暴かれる。閉鎖空間が崩壊する。


監禁ものの定番のパターンと言える。 
また、閉鎖空間は、その支配者である個人の妄念、観念の反映であり、これが、外力によって相対化、現実との衝突により砕かれる、というのは、観念-現実パターンと言える。
注目すべきは、作り上げられる閉鎖空間が何であるか、それによって何を語ろうとしているか、である。


本作における閉鎖空間は、博士とムカデ人間が生存する空間である。
では、ムカデ人間とは何か。設定の細部を見てみる。


ムカデ人間とは何か

本作のムカデ人間は、以下の3名により構成される。


 先頭:カツロー
   日本人。30才くらい?の男性。
   大阪弁を話すチンピラ。なぜドイツに来たかは(当初は)不明。
   英語が話せず、博士と会話できない。(博士はドイツ語?と英語を話す)
   
 中央:リンジー
   アメリカ人。若い女性。
   ジェニーと一緒に。ニューヨークから来た旅行者。
   博士とは英語で話せる。
   脱走を試みたため、「最も苦しい」中央に置かれる。
 
 末尾:ジェニー
   アメリカ人。若い女性。リンジーと同じ境遇。


ムカデ人間化手術により、カツローの肛門がリンジーの口に、リンジーの肛門がジェニーの口に接続される。
また、3人全員、ヒザのじん帯が切られている。このため、ムカデ人間は四つん這いである。
ムカデ人間に先行して、博士は3匹の犬を使って同様の実験を行ったらしい。
また、博士は 過去にシャム双生児の分離手術を行っていたらしい。(今回は「分離ではなく創造」とのこと)


博士がなぜムカデ人間を作ろうとしたか、は不明。
状況証拠としては、
・外科医であり、過去にシャム双生児の手術を行っており、「やろうと思えばできる」技術を持っていたこと。
・警察との対話で、「人間が嫌いだ」と言っていたこと。
が挙げられるが、それ以上に明示的に語られることはない。


が、結果生まれたムカデ人間が、博士と言葉で対話できない、という点は特筆できると思われる。
ムカデ人間の語彙は、(博士には理解できない)日本語と、元々英語だったはずの嗚咽だけである。
日本語と嗚咽交じりの罵倒をし、12の脚で這って歩き、歩くたびに口と肛門の接合点から血を流す生き物、がムカデ人間である。


米人女性2人は、言葉を話せない状態に「落とされた」。
では、最初から対話が不可能だった日本人はなぜ選ばれたか、なぜ彼が先頭にいるのか。

当初は、ドイツ人?男性も被験者として捕獲されていたが、彼は「適合しない」と言われて殺されている。
博士は意図的に、対話不可能な日本人を先頭に置いたのか?


言葉による対話のない実験者と被験者。彼らのいる閉鎖空間。
博士とムカデ人間の関係は、見て愛でる、殴る・蹴る、食事を与える、等の行為によって築かれる。


日本人のカツローは、時折「神様」という言葉を口にする。
ムカデ人間実験の概要が図示された際、「神様ちゃうぞ」みたいなことを言う。
カツローの言う「神」とは何か。
それは日本人には馴染み深い抽象的な何かで、博士や米人女性が思い描くものとは別物だろう。

ラストの展開

※ネタバレです。








本作のラスト付近では、警察が博士宅に事情聴取に訪れ、そのどさくさに乗じて、ムカデ人間が反抗し、博士に傷を負わせて脱走を図る。脚に傷を負った博士は、口にメスをくわえて、「這って」ムカデ人間を追いかける。


ムカデ人間は、窓を壊して脱走する直前で博士に追いつかれる。
そして、先頭のカツローは博士を前にして「神様、これは天罰ですか。俺のような親も捨て、子も捨てたクズに対する天罰ですか」と告解のような発言をする。(詳細、覚えてない…)
そして、ガラスの破片で首を切って自決する。


この後、博士は警察と争って相打ち。
ムカデ人間は、米人女性二人が残るものの、衰弱していた末尾が中央に看取られながら死亡、最後に残った中央の嗚咽が響く中で、カメラは屋敷の上の空を映してゆき、終劇。



ムカデ人間を構成する3人の運命を追う。

 先頭:カツロー
   誰にも届かない告解の末、自害。
   自らの持つ「人間」像に殉じた、と言えるか。
   現状を罰と見て、自らの信念を貫いた? ハラキリのイメージ?
 
 中央:リンジー
   最後の生存者。前後で死者につながってまだ生きている。
   言葉にならない嗚咽を上げ続ける。
 
 末尾:ジェニー
   何もできず、ただ苦しみ続けて死ぬ。

カツローと博士の対話にならない対話。博士から見ればカツローは、理解できない何事かを口に出してから突然自害した、と映ったのだろう。
ムカデ人間が自害することは博士の想定にあったのだろうか。(そもそも自殺=罪の文化か)
尊厳を傷つけられて自害する人間は、博士の想定する人間像に含まれていたのか。


ムカデ人間は博士の被造物である。博士は、完成したムカデ人間を見て恍惚の表情を浮かべる。だが、一方で、罵倒と嗚咽を上げ続けるムカデ人間に対して怒りをあらわにし、「声帯も切っておけばよかった」とも言う。
博士にとって、ムカデ人間は在り得た人間の可能性の一つであった。一方で、カツロー、リンジー、ジェニーにとってもムカデ人間は人間の可能性の一つである。


ラストシーンの後、リンジーは警察に保護され、ムカデから切り離されて、人間として生き延びることができたのかもしれない。
あるいは、自害もできず、ただ死につながったまま嗚咽し続ける何かは人間と呼べるか。
リンジーの可能性はどこに向かうのか。